包丁式,

包丁式

古式に依ると、賓客の前に俎(まないた)を持ち出して主人みずから庖丁を取り、
その庖丁ぶりを見せて客をもてなす事を包丁式と言います。

庖丁儀式三長流保存研鑽会

式庖丁について〜三長流の由来〜

式庖丁の故事については、
わが国の料理庖丁道の始祖神と讃へられている磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)が、今から凡そ二千有余年前の大和朝時代十二代景行天皇に仕へ、武人であると共に非常に料理の技に巧みで、
たまたま天皇には勅命を奉じて東国各地を転戦中、不幸にして陣中に没っされた第二皇子小確命(おうすのみこと)の遺跡をしのばれて、東国を行幸の折に上總の国安房の浮島にお泊りになった時、
浜辺でとれた大蛤を鱠に料理して献じたところ非常に賞味されて、膳臣(かしわでのおみ)の姓を賜宮中の大膳の職に就いたのが、庖丁道の始まりと伝えられています。
この時代に於ける臣姓は非常に名誉ある高官を意味し、
当時からいかに食生活が生命の源泉で、その長短を司るものとして重視されていたかを知ることが出来ます。
また、神に供える神饌、天皇に捧げる料理はすべて清浄を旨としたもので、庖丁捌きの儀式も、その頃から自然に行われたものだと推察されます。
その後、磐鹿六雁命の子孫は、若狭の国を賜って代々宮中大膳職を継ぎ、
料理法を伝えると共に、進歩改善され日本文化が漸く開花し始めた一千余年前の平安朝時代五十八代孝行天皇に仕へられた、
庖丁道中熾興の祖神と崇められている「山陰中納言藤原政朝郷」が大膳職を継がれ、古来から伝はる料理法の体系をまとめると共に神前に供える神饌天、
皇に献ずる料理等の材料である魚鳥蔬菜に手を直接触れることなく庖丁する「俎板庖丁捌き」の法を勅命により定められたのが、式庖丁の始まりであると伝えられています。
また、料理法も更に時代と共に進歩改善され、同時に料理道の各家元が創設され
四条流、生間流、園部流、大草流、進士 流、吉良流、小笠原流等の流派が、
室町時代の公卿階級、将軍家または武家階級を背景に儀式饗応の客前で魚鳥等を披露することが饗応の礼とされたのもと伝えら れています。
三長流は四条流、生間流の最も良き技法に新意儀を調へ編成されたものであります。
更に、式庖丁は人が生を受けて天寿を全ふする間の慶弔をはじめ、
神に祈念する行事の全ての自象を百数十種の切り型に表現することが儀式として定められてあります。

鯉の切り型

「長久の鯉」「長命の鯉」「竜門の鯉」「登竜の鯉」「元服の鯉」「婚儀の鯉」

「桶見の鯉」「出陣の鯉」「帰人の鯉」「神前の鯉」「泉の鯉」「ニ惟の鯉」

「紅葉の鯉」「袴着の祝い鯉」等々…
四十幾通りもあり、それぞれ庖丁捌き手順などが異なり儀式化して今日迄来されています。
また、庖丁式に用ひられる材料も「鯉」を初め「鯛」「真那鰹」「鱸」「鮒」「鮭」「鯒」「鯰」「安鱇」等があり、
鳥類では「鶴」「雁」「鴨」「雉」等が用いられる。
その他、弔事には野菜等精進材料が用いられ、弔意を表す切り型があります。
このように式庖丁は古い伝統ある儀式であると共に右手に庖丁刀を持ち、
左手に箸を司り素手で材料に触れることなく無駄な手数を許されない庖丁捌きは料理庖丁道の真髄と云えるのであります。
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